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今治の工務店 人情物大好き社長の真田幸村娘阿梅(おうめ)・大八の墓「当信寺」in白石市

著者

重松 宗孝

2025.11.16

白石市にある「当信寺」を訪れました


※当信寺の山門 白石城の二の丸大手二の門と言われ、旧白石城の遺構


本堂にお参りした後に右手を見ると看板がありました



阿梅・大八の墓と書かれてました
どんな方なんでしょうか?


※真田幸村
「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)と評される

その真田幸村の子女なんです


※第二代白石城主 片倉小十郎重長
勇猛果敢な性格で知られ、「鬼小十郎」と呼ばれた


この二人に秘話があり、今も語り継がれてます

大阪夏の陣で、徳川幕府軍の伊達隊の先鋒を務めた小倉小十郎重長は、
豊臣家軍の真田幸村と激闘を演じました


この戦いで、真田幸村は徳川家康の本陣まで攻め込むものの力尽きて敗れ、
大阪城は落城します

その前夜、自らの死を覚悟した真田幸村は、敵である片倉小十郎重長を
天下の武将として見込み、娘の阿梅(おうめ)を密かに託しました

片倉小十郎重長は、身の危険を顧みず、阿梅を白石に連れ帰りました
さらに京都に隠れていた真田幸村の子女(阿菖蒲・おかね・大八)を探し出し、
白石で密かに養育されたそうです


後に、阿梅は片倉小十郎重長の後妻となり、大八は片倉家に仕え、伊達家の家臣となりました
その後真田の姓に戻り、仙台真田家となって現在まで続いているそうです
素晴らしい!



当信寺の阿梅さんと大八さんのお墓にお参り出来て
幸せでした
人情物大好き社長の秘話便りでした

この記事を書いた人

重松 宗孝

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